October 11, 2015

サツ

紙幣が今のデザインになってもうずいぶん経つと思いますが、未だに五千円札だけはどうしてもしっくりきません。
もともと一万円は諭吉ですから問題ないとしても、千円の漱石から英世のチェンジは、そんなに違和感がありませんでした。
しかし五千円は、未だにダメです。
正直、さっさと誰か別の人に変えてくれ、というかやはり男の人にしてくれ、と思ってしまいます。
べつに樋口一葉がどうこうとか個人に対して文句はないのですが、自分の中では稲造のイメージが強すぎて、未だに消えないのです。

ただ、そうは言いつつも、聖徳太子から稲造に変わった時は、そうとうな違和感がありました。
でも、聖徳太子の頃は子供でしたし、すぐに慣れた記憶があります。
むしろ博文から漱石へのチェンジのほうが、札の色目が変わったこともあって、なんか変な感じがしました。
いずれにしても子供の頃のことなのでよく覚えてはいないのですが、博文の千円札は黄色っぽかった気がします。
というか、肖像のチェンジに関しては、一万円が聖徳太子から諭吉に変わったことのほうが、衝撃的だった気がします。

自分の中にある紙幣のイメージというのは、どうしても「一万円=諭吉」「五千円=稲造」「千円=漱石」です。
一万円と五千円が聖徳太子で、千円が博文だった頃も知っていますが、その頃はたぶん自分でお金を管理していないので、イメージが弱いです。
記憶の隅に五百円の具視も微かにありますが、五百円は硬貨のほうがしっくりきます。
それでも、今の時代にもしも五百円札があったら、それはそれでクールな気はします。

しかし、お札について思うと、いつも行き着くのは、「果たして二千円札とは何だったのか」という疑問です。
いまも刷っていて、流通しているのかどうかは知りませんが、もう全く見たことがありません。

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