毎年のことだけれど、八月になると、テレビでは戦争関連の特番やドラマが連発されます。
まあそのほとんどは見なかったのですが、大抵のそういう戦争話の根底にどっしりと腰を下ろしている「みんな、国の為に死んでいった」という枕詞のようなものを聞く度、「まあ、今の世の中ではありえないかな?」と感じます。
というよりも、当時だって本当にみんながみんなそうだったのかな? という疑問がどうしても消えません。
もちろん士官学校出のエリート軍人などは骨の髄まで軍人精神を叩き込まれているだろうから、たぶんそう思っている人は多かっただろうと思うけれど、赤紙が来て徴兵された一般人に、それほどの意識があったのかな? と。
昨日まで畑を耕したり軍需工場で働いていたりした市井の人々が、唐突に「今日から帝国軍人として国の為に戦え」と言われて、「はいわかりました!」と気持を切り替えることなんかできるのかいな、と。
愛する人を守りたいとか、家族を守りたいとか、そういう感覚の先に「それらすべて結局はお国のため」という結論が生じ、結果的にそう思いながら戦地へ赴いていった軍人さんはいたのかもしれないけれど、まず国ありき、とは限らなかったんじゃないか、という気がします。
まして、未来のこの国の為、なんて考えながら戦争へ行った人たちがそんなにいたのかな、と。
今回、戦争関連の番組で唯一見たのが映画の「真夏のオリオン」だったのですが、意外にまあまあ飽きることも呆れることもなく見ることができました。
ただ、実際に玉木さんみたいな艦長なんていたのかな? とは思ってしまいました。
あの時代に、部下とかに対して丁寧語を使う日本軍の軍人って、ちょっと想像できないので。
なんというか、当時の軍の偉い人って、ちょっとでも気に入らないことがあると「なんだ貴様!」と刀を抜いてブチキレそうな連中ばかりというイメージがあります。
そしてどう考えても、神風特攻隊とか回天とか、あのへんの感覚は理解できないし、正直怖いです。
たけしと長渕のドラマは見ませんでした。
番宣などを見ただけで、なんとなく内容が想像できてしまったので。
それにしても、終戦の日を境にして戦争関連の番組がばったりと途絶える辺り、いかにも現代の日本らしいです。
そしてちなみに、全然関係ないですが、今日は確か豊臣秀吉の命日です。
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