April 8, 2011

ムード

震災以来、本当に何かと騒がしい気がします。
どこか地に足がついていないというか、怒りとか失意とかの矛先をどこへ向けたらいいのかわからないというか、そもそも向ける相手がないので、いろいろなものが空転している感じを受けます。
自粛しろ、いや自粛なんておかしい、不謹慎だ、じゃあどこまでなら不謹慎ではないのだ? 募金しよう、節電しよう、希望を見つけよう、希望なんてないだろ……そんな人それぞれの価値観がそれぞれの口から好き勝手に語られるので、収拾がつかなくなってしまっている、そんな雰囲気があります。
たとえば直接被害を受けていない人が今のタイミングで、「傷んだ大地にしっかりと両足で立ち、微かな希望を胸に携え、手を繋ぎ、明日を信じて光へ向かって歩いていこう」みたいなことを詩的に抽象的に綴ってみても、空々しさしか響かない気がします。

それにしても、結果的に死者の数や原発問題などで今回は比較にならないくらいの大震災になってしまっていますが、阪神の時もこんなムードだったかな? と思います。
当時は今みたいにネットは発達していませんでしたが、たとえばテレビのCMに関してだけでも、AC塗れだったっけ? と思うし、今回はまあほんとに次から次へといろいろな人や団体が「募金」や「寄付」の声を大きく上げていますが、そんなに騒がしかったかしらん? と思います。
当時のメディアは今より遥かにテレビと新聞の影響力が絶大だったはずで、あの年の自分もそれなりにどっぷりと報道に浸かっていたと思うのですが、あまり記憶にないです。
確かに野球選手が「がんばろう」のステッカーやワッペンを付けてプレーしたり、個人や企業とかが寄付したり、チャリティ的な歌やイベントもあったとは思うのですが、今回ほどの規模ではなかった印象があります。
何よりあの年は、地震の二ヶ月後にオウムの事件もあって、とにかく騒々しかったので、当事者ではないとどうしても震災単体の印象が薄れてしまっているのかもしれません。

今回、復興に向けた取り組み方としては、むしろ阪神より911を持ち出す人が多い印象ですが、911の場合はまだ「テロ組織」という敵が見えていたし、あらゆる意味で「天災」の今回とは質が違い、見本として参考にはなるかもしれないですが、手本にすることは難しい気もします。
乱暴に言ってしまえば、911は、被災者もそうでない者も、とりあえず怒りや失意の矛先をテロリストに向けることができますが、今回の震災は、誰もそういう感情をどこへも向けることができません。
原発に関しても、東電や、どうにも対応が後手後手に回っている印象が拭いきれない政府などを完全な悪者と設定してみたところで、全く建設的ではなく、結局、敵が見えないって本当に厄介なことだと思います。

敵さえはっきりしていれば、勝つか負けるかはともかくとしても、ひとまず戦術的にいろいろ対策がたてられますが、敵がはっきりしない状況は、何をやっても徒手空拳になりがちです。
地震発生からそろそろ一ヶ月ですが、未だ余震も原発も怪しいものだし、何より地震なんていつ次のがどこにドカンとくるかわからないので、被災者の人たちは真っ暗闇の中で、直接的な被害は受けていない人たちは薄闇の中で、とりあえず手や足を振り回して見えない敵と戦っている、そんな落ち着かない雰囲気が今の世間のムードのような気がします。

……と、テレビをつけつつ、こんなことをつらつらと書いていたら、ニュースでまた東北地方の大きな地震の速報が入り、地震報道一色になってしまいました。

No comments: