ニュースというと未だに震災・原発関連が多い感じで、とくに「節電」という単語は四六時中眼に入り、そして聞こえてきます。
ただ、あとせいぜい一ヶ月半で酷暑は去りますし(九月になれば残暑の日はあっても、さすがに涼しい日が現れてくる)、ある意味、暑さのピークはもう少し先(八月の前半からお盆くらい?)かもしれませんが、夏という季節(6、7、8月)としてはもう半分を過ぎているわけですから、なんとしてもさっさと原発をちゃんと動かしたくて仕方ない側の人たちから発せられているような気がしてならない「原発を動かさないと電力は足りないのだぞ」という半ば脅しじみた節電報道にはちょっと引いてしまいます。
だいたい今だって動いている原発は通常通りに動いているのですから、フクシマがぶっ壊れ、たまたま国内にある何カ所かが止まっているだけで、本当か嘘かは知りませんが、いきなりこんなに電力不足がアピールされるなんて、この国のエネルギー政策はそんな綱渡りというか自転車操業なのかと不思議な気がしてきます。
それにしても、政治には明るくないので難しいことはわかりませんが、生理的な感覚として、カンナオトって、政策とか人格とか性格とか見た目とか以前の問題として、なんとも「声」がイケてない気がします。
試しにテレビの画面から視線を外して、答弁や記者会見の際の「声」だけを聞いてみると、あくまでも個人的な感覚なのですが、声を聞いているだけで気分が萎えるというか、どうも耳障りなのです。
その点、前のハトヤマユキオは、少なくとも「声」は全然マシだった気がします。
ちなみに、更に前のアソウの濁声はかなり不快指数が高かったですが、あの人の場合は単純というか、話し方というか喋りに独特な威勢の良さがあったので、カンとはタイプが違います。
カンの場合、他人を巻き込む温い泥のようなどんよりとした雰囲気があり、しかしそのくせいったんキレたら権力にモノを言わせながら眼を据えて恫喝しまくりそうな危険さも感じられ、不気味です。
そしてニュースというと、今週の目玉は何といってもついに今度の日曜に迫ったテレビの「地デジ移行」だと思いますが、しかしまだ対応していない人たちに対する「地デジ難民」なんて呼称には、たかがテレビで「難民」なんて失礼過ぎないか? と感じます。
あえて買ってない人だっているだろうし、欲しくても買えない人だっているだろうし、落ち着いてからゆっくり選んで買おういう人だっているだろうし、もう少し言い方というものを考えてもいい気がします。
最近は「強者」でもない連中が「弱者」を見下ろすような言葉(たとえば「救済」とか)が多すぎるように感じますし、「地デジ難民」にしても、使う人間の気持のどこかに他者を見下す傲慢な感情がなければ「難民」なんて言葉は普通は出てきません。
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