何十年も前の事件で、ずっと裁判をやっていて結局「実は無罪でした」という冤罪の話って、たまにニュースでやりますが、密室での壮絶な取り調べの中でつい「やった」と言ってしまった、とか確かにありそうで、そういう話を見聞きする度、「酷い話だ」と思います。
でも、言葉は悪いですが所詮は他人事なので、次の瞬間には、捕まっていた人についてではなく、「だったら、いったい犯人は誰なのだ?」というほうに興味が移ってしまいます。
たとえば、満員電車内における痴漢行為での冤罪なんかだと、実は無罪どころか、本当はそういう行為さえ行われてはいなかった、という結末さえありそうで、要するに冤罪云々以前の問題として事件が存在しない、というパターンもあると思うのですが、何十年も前に起きた殺人事件などの冤罪の場合は、逮捕された人が実はやっていなくても、殺人事件自体は間違いなく発生しているわけで、だったら真犯人がどこかにいて、何十年も野放しになっているということになり、「では真犯人は誰なのだ」と思ってしまうのです。
やってもいないのに逮捕された当事者やその関係者なら、無罪を勝ち取って自由を取り戻すことが一番の目的で、真犯人のことは二の次だと思うのですが、ニュースを見るだけの側としては、どうしても本当の犯人について考えてしまいます。
自分が知らないだけかもしれませんが、報道される冤罪事件の場合、「冤罪でした」という会見なんかは行われても、「というわけで、真犯人を改めて逮捕しました」という「その後の話」は聞いたことがありません。
それでもまあ事件自体が何十年も前だと、今更捜査を初めからやり直すのも無理でしょうし、結局は有耶無耶のまま終わりにするしかないのかも、とは思います。
あまりに昔の事件だと、時効の壁もありそうですし。
だとしても、法的に裁くことは無理としても、冤罪事件の真犯人にはどうしても興味を抱いてしまいます。
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