いつのまにか、日本の鉄道から寝台特急がほとんど姿を消してしまいました。
鉄道事情には詳しくないのですが、いまでも運行されているのは多分、北へ向かう高級路線の「カシオペア」「北斗星」「トワイライト~」と、出雲と四国へ向かう「サンライズ~」くらいのものかと思います。
この状況は、まあ時代の趨勢で仕方ないとはいえ、少々寂しい感じはあります。
というのも、自分は寝台特急というものに、西へ向かう列車ばかりですが、けっこう思い入れがあるからです。
生まれて初めて乗ったのは、「あかつき」という、確か新大阪発の寝台特急で、長崎へ行きました。
B寝台だったのですが、四人用に他に人は乗っていなくて、ドアこそないもののコンパートメントのようになっているそのスペースを最初から最後まで独り占めだった記憶があります。
というか車内自体、がらがらでした。
ただ、本当は「さくら」に乗りたかったはずなのですが、なぜか自分の中では二軍扱いだった「あかつき」になってしまいました。
その理由は、もう思い出せません。
おそらく当時はまだかなりブルートレインの人気が高かったので、その中でもとくに人気列車だった「さくら」は切符が取れなかったのだと思います。
その後は、まだサンライズではなく普通のブルートレインだった時代の「出雲」で出雲へ行きました。
この時、初めて個室寝台というものに乗りました。
あとは、「さくら」で佐世保、「富士」で宮崎、「はやぶさ」で熊本、という感じです。
ずっと自分の中で、「さくら」「富士」「はやぶさ」という三本のブルートレインは、別格でした。
しかし、最後に乗った寝台特急が、たぶんもう十年以上前で、「はやぶさ」なのですが、そのときは個室だったものの、車輛の老朽化は相当なものだった記憶があります。
ラウンジカーみたいな車輛も連結されていたのですが、確かぽつんと自動販売機があっただけでなんだか寒々しい感じでしたし、当時で既に、俗にいう「オワコン」の雰囲気が色濃く漂っていました。
一応、缶ビールを一本だけ買って、そのラウンジカーのソファで流れていく夜景を眺めながら飲みましたが、他に人は誰もおらず、まあそのスペースを独り占めといえば独り占めで、それ自体は悪くなかったのですが、何せポロだったので、どうにも侘しい感じが拭いきれませんでした。
というか列車自体がガラガラでしたし、たぶん食堂車ももうありませんでした。
それでも、寝台特急の「風情」は、かなりのものだと思います。
ただまあ、よく言われているように、ガタガタと結構うるさいうえによく揺れて、あまりぐっすりとは眠れないですし、何より結構料金が高いですし、廃れていくのも仕方ない気はします。
飛行機よりも時間がかかって、車輛もボロくて、しかし料金が高い、となれば、最初から勝負になりません。
自分のように「寝台特急に乗りたい」という目的の人なら話は別ですが、たいていの人は安くて速いほうを選ぶと思います。
実際自分も、北海道へ列車で行く気にはなりません。
しかし、九州行きの寝台特急がない、という状況は、やはり寂しいものがあります。
自分はずっと「ブルートレイン=九州行き」というイメージだったので、とくにそう思います。
寝台特急について、ついこんなことを思い出してしまったのも、先日、テレビで、「さくら」の車輛がマレーシアで寝台特急として走っているという番組を見たからです。
レールの幅が日本とは違うらしいのでマレーシアのそれに合わせ、色を少し塗り替えているみたいでしたが、車内の案内のプレートなどは日本語のままでしたし、行き先表示の幕も「長崎」のままだったりして、もしかしたら自分が乗った車輛かも、と思うと、なんだか面白い感じでした。
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