修学旅行で泊まった宿が、どうしても思い出せません。
いわゆる「修学旅行」と呼ばれる旅行は一応、計三回行っているのですが、どの旅行の宿も、なんとなく泊まった場所だけは記憶にあるものの、宿泊施設となると全く名前が全く思い出せません。
小学校からずっと友達関係が続いている腐れ縁の連中がいるのですが、訊いても、「知らないなー」と言って誰も覚えていませんし、興味がないのか面倒くさいからなのか「べつにどこでもいいじゃん」みたいに言って調べようともしてくれません。
もちろん三回とも行き先は覚えています。
細かい部分はだいぶ忘れていますが、回ったルートくらいは一応覚えています。
それはみんな同じです。
しかし、どの修学旅行も、どうしても宿がわからないのです。
文集や卒アル等があれば何か記述があって判明するかもしれないですが、それらはもうどこにあるかわからないですし、写真も、たぶん撮っていて、捨てるわけがないので、どこかにはあるとは思うのですが、どこにあるかわからず、結局、手がかりがありません。
最初に知りたいと思ったのは、小学校の修学旅行の時に泊まった宿なのですが、いざ思い出そうとしたら全く思い出せず、全然覚えていないな、と思い、そのまま、そういえば修学旅行で泊まった宿なんて中学も高校も覚えていないじゃないか、と我ながら自分の記憶力の悪さを思い知らされ、呆れました。
小学校の時の宿を知りたいと思った理由は、最近、たぶんこのへんに泊まったんじゃないか? と思われる地域へ行ったからです。
しかし、その辺りを歩いても、記憶が甦ってくることは全くありませんでした。
修学旅行向けの旅館だったろう、とは思うのですが、そのあたりは似たようなそんな旅館ばかりで、わかりませんでした。
それで、帰ってきてから改めて、今の時代は自宅に居ながらにしてグーグルで衛星画像やストリートビューが見られるので、暇だった時に「想い出を辿ってみよう」などというセンチな企画をひとりで思いついて、ひとりでこっそりと実行しようとしたのですが、小学校どころか中学も高校も覚えていないことに気づき、宿の名称がわからなくてはどうしようもなく、修学旅行編は挫折しました。
ちらりと、小学校へ電話して訊けば調べて教えてくれるかな? と考えたりしましたが、そんなことでわざわざ電話をかけるなんてパカみたいですし、何より「何言ってんだ、こいつは」と電話に出る現在の教師に怪しげに思われたら面白くないので、止めておくことにしました。
また、今だとSNSで昔の同級生を探して繋がったりできるので、そういう場所で訊いてみるという手もあるかもしれませんが、ずっと長い間音信不通だった同級の誰かと今更付き合いを復活させるような面倒臭いことをするつもりはないので、ネットに頼るという選択肢はありません。
というか、そこまでして調べたいとも思わないですし、そもそももう切れている同級生なんて殆ど覚えていないので、会話が成立しそうにありません。
結局、学校の行事等だけではなく、自分はいわゆる「想い出」というものを全く大切にしていないのだと思います。
大切にしていないというと語弊がありそうですが、要するに、そんなに重要視していないのです。
心のどこかに「どうせたいした想い出なんかないしな」という捻くれ気味の思いがあるのかもしれないですが、だからといって、べつに悪い想い出ばかりに埋もれているわけではありません。
軽んじているつもりも、蔑ろにしているつもりもありません。
ただ、ふつうなら、いろいろな写真や卒アルなんかは結構大事にしているものなのかもしれませんが、そういうものに拘りが全くないので、本当にどこにあるのか不明なのです。
捨ててはいないとは思うのですが、自信はありません。
昔の写真なんかは、十回撮っているとすれば、そのうちの1、2回分しか、所在が判明していません。
残りの8、9回分は、どこかにはあるだろうがどこにあるかはわからない、という状態です。
たとえば、生まれて初めての海外旅行の写真は、大きくて分厚いアルバムを一冊丸ごと使って保存してあり、これは手許にありますが、その前後に行った海水浴とか国内旅行の写真はどこにあるかわからなかったりします。
昔の写真はデジタルではないのでプリントなのですが、殆どはアルバムにも貼らず、多分スニーカーなど靴の空き箱にネガと一緒に放り込んでそのままどこかに仕舞い込んでしまっていそうですし、卒アルとか学校関係の品々はダンボール箱にでも入れてガムテで封印し、実家の押し入れの奥深くか物置か、その辺りで永遠の眠りについていそうです。
そういえば卒業証書とか各種賞状関係(いくらもありませんが)も殆ど行方不明です。
もっとも、写真に関しては、今はデジカメなので、全部コンピュータに保存されていて、いつでも見ることができます。
それでも、やはり「見る」ということを、あまりしません。
これまでだったら靴の空き箱だった保存場所が画像管理ソフトに置き換わっているだけで、単に、いつでも見ようと思えば見られる場所に淡々と蓄積されていっている、というだけのことです。
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