普段当たり前のように使っている日本語ですが、しかしもちろんこの世に生まれ落ちた瞬間からペラペラと喋ることができて、自由自在に操りながら読み書きができたわけではありません。
もっとも誰でも普通に読み書きができるこの国が、世界の中でも稀なほうなのでしょうが、そんな日本人でも、赤ちゃんの頃はみんなバブバブですし、幼稚園くらいから漸くなんとなく会話らしきものができるようになっていく、という感じっぽいです。
でも、どうやって言葉というものを覚えていったのか、わかりません。
頭が良いとか悪いとか関係なく、日本人なら誰でも不自由なく日本語を使うことができます(何かしら障害のある人は別です)が、べつに教科書や参考書のようなものがあって「勉強」したわけではありません。
誰でも、最初は両親とか周囲の人たちとのコミュニケーションの中で「学ぶ」という感覚もなく覚え始め、使い始め、自然に体得していったのだと思います。
ということは、バリバリの日本人の子供であっても、もしもアメリカとかで周囲は英語を使うアメリカ人ばかりという環境で赤ちゃんのうちから育てば、いま使っている日本語のように英語を覚えていくことができて、母国語のように使うことができるようになるのだろうか、なんてことを考えてしまいます。
たぶん、使えるようになると思います。
車の運転だって、最初から「右側通行」という環境で運転を始めれば、それが特別のことではなくなりそうです。
なまじか「左側通行」で運転を始めてそれに慣れきってしまうから、外国へ行った時の「右側通行」の運転に戸惑うだけで、基本的に言語も同じような感覚なのではないか、と思います。
そして、そんなことを考えていたら、ふとターザンのことを思ってしまいました。
人間の子供でもジャングルという環境で人間以外の動物に育てられれば、それが当たり前のこととして、ヒトとは別の成長の仕方をしていきます。
ですから、改めて環境は大事だと思いました。
やはり人間は氏より育ちのような気がします。
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