June 11, 2015

変わった光景

先日、ちょっと驚きというか、なんか違和感があったというか、初めて見る光景に遭遇しました。
これがたとえば普通のお店等なら別に普通のことなのですが、場所が変わるだけで「なんか違うような?」という気持になりました。

それは時々行く近所の神社でのことでした。
そこは大きな「神宮」レベルのところではなく、会社でいうと中小企業くらいで、無人ではなく神職の人が住んでいて、お守りとかの授与所もあり、夏にはお祭りが開かれる、そこそこの神社で、いつ行ってもちょこちょこと参拝の人がいます。

それで、その日もお参りに行ったのですが、ちょうどすぐ後から小さい子供とお母さんが入ってきました。
そして自分が先にお参りを済まし、その親子が続いたわけですが、ふたりは賽銭箱の近くまで来たところで立ち止まり、たまたま境内の掃除をしていた神社の人にお母さんが「すみません」と声をかけました。
すると神社の人も手を止め、「はい?」と応対し、そんな遣り取りを自分はすぐ近くで聞いていたのですが、次の瞬間、お母さんが神社の人に「両替してください」とお願いしました。
それを聞いた瞬間、思わず「え?」と思わずそちらを見てしまったのですが、どうやらそれは神社の人も同じだったらしく一瞬だけ「は?」という戸惑った顔になり、しかしすぐに平静に戻って「はい」と社務所に向かいました。

べつに両替が悪いとはいいませんが、ふつう賽銭を入れるためのお金を神社で両替なんかするか? と思いました。
そして瞬間的に「賽銭箱に百円玉投げたら釣り銭出てくる人生がいいと〜♪」という歌が頭の中で流れました。

ちなみに自分は、寺や神社へ行く際は、予め財布の中の小銭を確認し、用意しておく質です。
お参りする前に、もしも賽銭用のコインがなかったら、先にコンビニ等でジュースとか買って調達します。
もっともこんな周到な自分もどうかとは思うのですが、神社で両替する気にはなりません。
ならないというか、なれません。
もしも用意を忘れていざお参りする際にコインがなかったとしたら、たぶん泣く泣く多少不本意な大きい額を入れるか(「泣く泣く」とか「不本意」とか罰が当たりそうですが)、お守りとかおみくじでお釣りをもらい、コインを調達すると思います。
少なくとも「両替しよう」という考えは起きません。
というか今回のこの風景を見るまで、「賽銭用のお金を神社で両替」という考えが浮かんだことがありませんでした。

ただしその人たちを批判する気はさらさらありません。
べつに自由です。
単に「変わった人もいるものだな」と感じただけです。

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